日本舞踊「紅松会」の報告
去る11月28日に日本舞踊「紅松会」が浅草公会堂にて開催され、沢山のお客様においでいただき、無事終了致しました。おいでくださった皆様、ありがとうございました。
今回の「紅松会」は、スタジオ・レイのYouTubeチャンネルでもお馴染みの藤間紅松師匠80歳を記念しての開催です。私、藤間由松は、会の最初の演目に長唄「松の緑」を袴姿で、会の中盤には本衣装で清元「保名」を踊らせていただきました。
長唄? 清元? と言われても、耳に馴染みのない方達には、その違いなどとても分かりにくいと思われますので、ちょっとだけ解説をさせてください。
音楽としての長唄は、三味線の演奏を4分の4拍子、または4分の2拍子で譜面に書き表せるような、きちっとしたリズムを持っています。長唄の踊りはこの音楽性が生きた、間(ま)にきちんとはまる振り付けとなっています。
一方で清元は「浄瑠璃」に分類され、長唄のように拍子を譜面に表せるような音楽性ではなく、「太夫」と呼ばれる語り手による、三味線を伴奏とした「語り物」です。ですから踊りも物語性の強いものとなっています。
このように長唄と清元とでは、日本舞踊の基礎は勿論同じなのですが、舞踊の性格は全く違うのです。私はそれぞれの曲で、まったく違う表現を楽しませていただきました。
ところで、今回の会のプログラムでは、私が加瀬玲子名義で解説を書かせていただきました。その中からご参考までに「松の緑」と「保名」の曲の解説を再掲させていただきます。
長唄「松の緑」
長唄としては珍しく短い、粋な節回しの〝ご祝儀曲〟です。〝松樹千年の翠《みどり》〟という禅語があるように、松は千年もその緑を誇ると言われています。それだけでおめでたい曲だと想像できますが、『松の緑』のタイトルには他にも意味が含まれています。松は遊女の最高位である〝松の位〟、緑は遊女見習いの幼女〝禿《かむろ》〟によくある名前。曲は禿から太夫になり、身請けされて年老いるまで幸せに、末広にと唄われています。
踊りは『松の緑』に始まり『松の緑』に終わると言われるほど、この曲には振り付けの基本が盛り込まれており、初心者にもわかりやすい一方で、踊り手としては、稽古を重ねれば重ねるほど、日本舞踊の奥深さを実感し、精進しなければという思いに駆られます。紅松会の口開けとして相応しい出し物と言えるでしょう。
清元「保名」
恋人に死なれた主人公、安倍保名《あべのやすな》の悲しい狂乱物語です。保名は、恋人の〝榊の前〟が目の前で自害したことで正気を失います。深い悲しみに陥り、狂乱し、形見の小袖を抱きながら彼女の姿を求めて菜の花畑を歩きまわり、番《つがい》の蝶をうらやましく眺めます。狂人の空虚さや心の変化がゆっくりとした振り付けに表れる、哀れを誘う芝居の要素が強い踊りです。清元の美しい旋律とお囃子の共演も魅力です。
また後半では、〝陰囃子《かげばやし》(客席から見えないところでの演奏)〟だった小鼓が舞台に登場し、リズミカルな踊りを演出します。
ところでこの保名は説話『葛の葉』では、正気に戻って通力を持つ狐と夫婦になり、その子供があの有名な陰陽師、安倍晴明だということになっています。
<2024年12月30日 加瀬玲子>